(一社)日本作曲家協議会

 

 

 

 

916日に日本作曲家協議会会長 松下 功 が急逝いたしました。

 

長年のご厚情に心より御礼申し上げます。

 

926日に開催いたしました臨時理事会において、新たに代表理事(会長)に菅野由弘、

副会長に山内雅弘を選出いたしました。

 

会としても大変な試練の時期となりますが、新たな体制の元、精励いたす所存でございますので

何卒、今後ともご指導ご鞭撻を賜りますようお願い申し上げます。 

 

 記

 

 

     会 長  菅野由弘(新任)

 

     副会長  山内雅弘(新任)  川島素晴

 

 

201810

 

一般社団法人 日本作曲家協議会

 

 


 

 

 追悼 

 

 忘れもしない9月16日(日曜日)の昼、松下会長が亡くなられた、との報を受けました。午前中に、彼が指揮、指導している文京区民オーケストラの練習中に倒れ、そのまま意識は戻らなかったとのこと、急性大動脈解離でした。66歳、速すぎる死としか言いようがありません。たぶん、ご本人は、死んだことに気づいていないのではないか、と思います。

 

 東京藝術大学の大学院、修士課程を修了後、1979年にDAAD給費留学生としてベルリンに渡り、ベルリン芸術大学にて研鑽を積み、以後1986年まで同地に滞在し創作活動を行う、というのが作曲家としてのスタート、現在に至る約30余年の作曲家としての軌跡が残されています。代表作は、やはり和太鼓協奏曲「飛天遊」でしょうか、オペラ「信濃国・善光寺物語」なども挙げられますが、私、個人的には、ピアノとオーケストラのための「時の糸Ⅱ」も忘れられない作品です。

 

 現在、と言っても存命中の9月16日までですが、東京藝術大学副学長、東京藝術大学演奏藝術センター教授、日本作曲家協議会(JFC)会長、そしてアジア作曲家連盟(ACL)会長でもありました。我が日本作曲家協議会には1976年に入会、1990年より理事、1997年~2012年まで副会長、2012年~現在まで会長を歴任、この間、1990年、2000年、2003年、2010年、2014年、2017年にアジア音楽祭を主導、特に2000年からは、アジア作曲家連盟の、初めての日本人会長として主催し、成功に導きました。彼がJFCの国際交流に果たした役割は非常に大きなものであり、彼なくして現在の姿はあり得なかったと思われます。また、会の運営に於けるバランス感覚の良さは、故黛敏郎元会長を引き継ぐもので、円満で楽しい理事会でした。ただ、これらを円滑に進め、さらに事業を拡げていった陰には、多くの交渉、運営への労力を惜しまない活動、そして外交努力があったことはご想像の通りですし、作曲活動の傍ら、これらをこなして行く事がどんなに大変であったかを、今になって思い返しています。それも、情熱と元気が皮を被って歩いて行くような勢いで。

 

 何を言っても、もう彼はいません。個人的な想いと悲しみは尽きませんが、日本作曲家協議会に彼が残してくれた足跡の続きを、私たちが引き継ぐことが、彼の努力に報いる事かと思います。

 

 謹んで、ご冥福をお祈りします。

 

 

 

                                         (一社)日本作曲家協議会 会長 菅野由弘