会長メッセージ


©AkiraKinoshita   

生成系AIとともに

 

菅野由弘

 

 生成系AIの話で持ちきりな2023年となりました。つい1年前までは、AIの発達は見えているものの、「まだまだ大丈夫」とのんびり構えていたかと思います。音楽に関して言えば、工学系のAI研究者達が「音楽系AIの研究」に邁進して、それなりの成果を挙げつつありました。Bachスタイルの楽曲生成は、完成の域に達しています。しかし、申し訳ない言い方ですが、音楽的なセンスや感性、知識にも乏しい研究者達の開発ですので、出来は今一つ、とても世の中を変えるレベルには達していないし、達する心配もない「対岸の火事」程度のもので、音楽家として脅威に感じる程のことはありませんでした。

 

 一方、我々音楽家の側も、AIへの興味は持っており、工学系の人達と組んで、もしくは、独自に開発して、楽曲生成に取り組んでいました。が、工学系の方々の技術に比べれば、「端っこをちょっと囓らせて頂く程度」の出来で、脅威どころか、音楽への影響など望むべくもないものでした。ただ何人かは、「AIのつまみ食い」、つまり都合良く有る部分の技術だけを応用して、「AIを応用した」と称する音楽を作ったりしていることも事実です。その功罪は、今後の検証に待つしかありませんが、「適当に受けを狙ったAIの応用」は慎まないと、後で恥ずかしい思いをするような気がします。

 

 というあたりで、まだまだ静観出来るAIの動向だったのが、ここへ来て「生成系AI」が現れ、いきなり、静観出来ないレベルに達してしまいました。音楽に関しては、脅威になるには、もう少し時間がかかりそうですが、それとても、のんびり構えていられるほど時間はないと思われます。

 

 最終的に、作曲家が生成系AIに勝てるか、というのが最大の関心事です。ただ、これに関しては楽観していて、勝てると思っています。が、ここで問題になるのは、時間との闘いです。JFCのプロジェクトである「こどもたちへ」で考えてみます。我々、JFCの作曲家は、このために、全身全霊の心を込めて作曲します(それ程でもない方もいますが)。早書きの人も遅書きの人もいるので、おおむね数日を要すると仮定します。しかしAIは、ものの数分で何十曲かを作ってしまいます。このプロジェクトでも、何人かの作曲家は、締め切りに間に合わず、実行委員と事務局と出版社に多大な迷惑をかけています。それでAIよりは良い作品が出来たとしても、AIだってそこそこの曲を出してきますので、待って貰えないのも仕方のないことだと思います。しかもAIは、複数の曲を一瞬にして出してきます。そこから選んでいるよりも、書いた方が速い、となれば、勝負は出来るかも知れません。またその先に考えられるのは、選者、この場合は実行委員の心の動きをセンシングして、その心の動きに合わせた楽曲を瞬時に生成してくる、つまり「察するAI」が出てくると思います。そして更に、コンサートでお客様の心を読んで、新しい曲を生成するのも夢ではありません。「こどもたちへ」で考えると、今演奏されている曲を聴いているお客様の心の動きをセンシングして、次の曲を修正、生成する。その楽曲を聴いているお客様の心の動きをセンシングして、次の曲を生成する。これを繰り返した20曲目が、いったいどんな楽曲になるのかは想像もつきませんが、興味は無くもない(否定の否定というアラートが出ました。AIはこういう文章は書きません)。そういう時代になりますが、我々は、全身全霊の心と愛を込めて作曲し、「人間の表現」をして行きたいと思います。「AIには負けない」という根拠のない自信に支えられながら。ただ、せめて「締め切りだけは守る」、これが勝負の1回表の先頭バッターの役割となるのではないでしょうか。