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JFC作曲賞コンクール    西田直嗣

 2001年に創設されたJFC作曲賞コンクールは記念すべき第10回を迎えた。いわゆる「初演」であることは条件ではないので、編成に制限はあるとはいえ応募しやすいコンクールである。コンクールのテーマは「~声のいま~」。'いま’は最新であると定義することはできるが、何が最新なのかは様々な解釈があるだろう。その解釈は審査員に委ねられると言える。今回は田村文生を委員長に、沼野雄司、三輪眞弘を加えた3人が審査にあたった。その三人の講評を踏まえコンクールの様子を紹介したいと思う。
 今回は応募しやすい編成であったこともあり、前回の倍以上の33作品で、その中から7作品が本選に残った。
 結果的にだが、本選に残った作品は楽譜に記載された情報だけでは歌唱方法を理解することが非常に難しい作品が多く、「声のいま」は演奏において多くの演奏家には共有されにくい現状を垣間見た。逆に、楽譜から奏法が解釈しやすい作品は本選には残りにくい。それは、ある程度楽譜から直接見えない可能性、奥行きが求められていることに他ならないだろう。そしてそれが「作曲賞」の選定に大きく影響していると感じざるを得ない。
 ファイナリストは他の主要な作曲コンクールで受賞を果たしている作曲家、日頃自身は演奏家等で活動していてそのスキルを作曲に生かした演奏家等に大別できる。演奏順に紹介したい。

戸田健太 《ばくてりあの世界》 作詞:萩原朔太郎
 バクテリアのミクロの世界を多種多様な声の表現により音楽作品に導いている作品。チャレンジ精神に富みながらもしっかりとした書法、構成を持っており、好感が持てた。一方、萩原朔太郎の詩が持っているユーモアに対する意識がもう一つ読みきれていなかったこと、プラティカルな面における「読み」が今一歩だったことが課題として挙げられた。

中橋祐紀《声のための ウ・シ ソングⅡ》 作詞:チャールズ・G・D・ロバーツ、望月遊馬
 今回のコンクールの作品の中で、「こんな曲だったよ」と人に伝える時、思わず真似てしまう2作品のうちの1作品。本コンクール唯一のSolo作品で、リハーサルからの綿密な奏者とのやりとりを経て本番に臨んだ。タイトルの通り「牛」を想起させる様々な声楽奏法が駆使され、牛なのか、今にも吐きそうな酔っ払いなのか分からなくなるほどの身振りを伴った熱演により全審査員からの票を得、作曲賞を獲得した。審査員からは、「途方も無い断絶感」と評されるなど、斬新な発想と緻密な書法が見事に融合した作品であった。

清水チャートリー 《金魚オブセッション》
 思わず真似てしまう2曲目。私を含む多くの関係者が空きの時間に口パクパクを試みていた。作品の大部分が口を金魚のようにパクパクさせることによる音楽で審査員からの票も複数得た。限定されたパクパク素材が複雑なリズムを伴い後半の唯一の声(ff)に向け持続してゆく。リハーサルでは奏者の位置による音響効果について熟考され四人は離れた配置となり、音響効果としては成功であったが金魚の「群」からは遠のく設定となったことが惜しまれる。

金田 望 《雪の言葉 言葉の雪》詩:中原中也
 一貫してフルートとチェロの現代特殊奏法が駆使されているが、構成がしっかりと組み立てられており、決してマンネリ化することなく最後まで緊張感は持続する。楽器の書法は見事であったが、歌について、ややセンチメンタルな要素が強い旋律が多く、中原中也の詩が持っている言葉や政治性を踏まえた音楽としての深い追及が求められた。改めて声を使う意味を追求し、詩との新しい関係を築くことについて考えさせられた。

井伊敏也 《マルテス島綺譚》詩:清道洋一
 作曲者の「歌が成立する以前の状態を作り出す」という言葉の通り、曲全体は鳥や獣たちの鳴き声に覆われる。
 楽曲の構成が進行役によるやや過重とも感じられるナレーションにより形作られるシアトリカル感の強い作品であるため、それが音楽作品としての評価を得られるかは審査における一つの興味をもたらした。審査員からは曲全体からの印象として、ノスタルジーを感じた、ホッとさせられたなどの他に、異物感が実現されたいた、など高い評価も得たが、音楽としての先の展開が期待されたところで終結した感があり、素材の声化が見事であっただけに惜しまれる。

平木 悟 《すてきな し し重奏のために》作詞:最果タヒ
 「シ」によるしっかりとした枠組みの中に音楽がきっちりと組み込まれている作品で、シンプル、素直で説得力があると評された。一方、徹底されていることがミニマリズムにつながってしまっている感があり、時には枠組みを破る試みが望まれる。また、本来の詩の良さを引き出すところまでは達することができずアイデアに留まったという評も。本人によるエネルギッシュな指揮による演奏で、個人的には大変愉しく聴かせていただいた。

會田瑞樹 《音楽絵本組曲「ヨビボエン」》 作詞:木村恵美、佐原詩音
 日頃、打楽器奏者として活躍している作曲者が「歌い聞かせる」音楽を目指したというこの作品は、そのチャレ
ンジ精神とやや粗雑だがアイデアに飛んだ書法、何よりこの作品が持つインパクトにより、一次審査から話題をさらっていた。各セクションの、歌と熟知された打楽器奏法による音楽はそれぞれのシーンを忠実に表現しようとしていたが、楽しく聴ける音楽に留まったという印象は否めない。

 審査は3人の審査員がそれぞれの曲について講評した後、各審査員が委員長の意向で一人2曲に投票するころから
スタートした直後「え?2曲じゃなくて1曲代1曲!」などの心配をよそに、あっという間に全員一致で、3票を得た中橋祐紀《声のための ウ・四ソングⅡ》が作曲賞に決定した。このコンクールは毎回、難解な楽譜を読み込み、通常の演奏活動に於いて試みることのない奏法を駆使して演奏していただく奏者のみな様なくしては成立しないコンクールです。今回の奏者のアクロバットな演奏により充実した、公正なコンクールとなりました。奏者のみな様に心より感謝申し上げます。
  

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