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-満開の桜の中で-                        遠藤 雅夫

 
 新型コロナから3年・・殆ど半径1.5kmの中での生活を続けてきた。僕の手帳は殆ど真っ白で、それではこの際作品を山のように書き残そうと意気込んで見たが、思うようにはかどらない。毎日殆ど同じ景色の中で脳が固まってしまったようだ。ある漫画家も言っていた、時間は増えたのに作品は進まない。単なる移動ではない旅をしたい。旅の中の非日常が脳を活性化させているのだ。

 演奏家が舞台を失い、同時に作曲家も発表する場を失った。ようやく晴れ間が見え始め、気持ちが明るくなりかけたら、プーチンの戦争が始まってしまった。関係している日本・ロシア音楽家協会は3月上旬コンサートを開催したが、NHK首都圏ネットワークから、そしてTBS Nスタから取材が入り、てんてこまいした。日本・ウクライナ・ロシアの作品が並んでいたのだ。

 アジア音楽祭2022、満開の桜の中で開催され初日に参加した。作曲者ホー・チーコン/シンガポールが解説の中で松下前会長へのささやかな感謝と述べている「遠のくこだま」は、鬼ごっこしているみたいだった。英語・中国語・マレー語・タルミ語が同居する街中を、こだまは遠のいていく(fl,cl)。スンジェ・チュン/韓国、静寂な湖面に時々さざなみが走る。恐らく複雑なプロセスを経て作り上げたと思われるこの静けさ。これって日本の風景ではないかと思ってしまった。恨の世界観に満たされていると思える韓国に、この様な景色もあるんだね(pf,2vn,va,vc)。小惑星帯空間を放射状に音が飛び交うかの中川俊郎/日本。豊かな発想アイディア満載の中川ワールド全開。それにしてもピアノがうまいねえ(fl,cl,va,pf,so,shaku)。ここで休憩。

 後半は拙作から。ルーツの異なるアジア作品を聴きながら、自分のアイデンティティーを嗅ぎ分けようとしていたが、実は自分のことは良くわからない。きっと東京隅田川の河口で生まれ下町で育ち、夏の両国花火大会を屋根の上から見ていた少年時代の記憶が、反映されているに違いない(cl,vc)。リチャード・ツアンは/香港/UKだが、彼のおかれている立場は現在の不安定世界の象徴そのものである。しかし作品から悲しみは聞こえても決して深刻さは聞こえない。リラックスしていないと香港では正常な神経は保てないのだろう(pf,2vn,va,vc)。最後に地中海の順風満帆航海を思わせる菅野由弘/日本。異なるルーツを持つ楽器達が乗っているノアの方舟と見た。いつ難破するかと不安になってしまったが、嵐が来る前に無事着岸(shaku,so,biwa,bass-cl,vn,vc)。

 それにしてもアジア!ヨーロッパと異なる秩序と多様性、静寂と熱気の渦の中を、新作は泳ぎ回っている。

 演奏家達の表現の使い分けなどの対応能力、それは見事だった。譜面を投げ返されるような経験を、若い作曲家は持つことはないだろう。

                                  
               
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