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「第36回こどもたちへ」に参加して                  鵜﨑 庚一
 
 前日の雨と風の強い曇天が嘘の様な、青い空と明るい陽光がきらめく3月14日の日曜日、紀尾井ホールでの JFCキッズBOXコンサートに、第27回以来9年ぶりに参加しました。思えば第27回は10年前の東日本大震災の翌年ですから震災のために短い命を絶たれた多くのこどもたちへの思いを込めて、「この小さな花のように」と云う曲名で参加した事を、今さらの様に懐かしく思い出されました。紀尾井ホールの入口、あるいは楽屋口の様子は、以前とほぼ変わらないものの、検温や手のアルコール消毒等は、事前に協議会からの「ご出演の皆様」への注意事項等において、十分理解していたとはいえ、コロナ禍の状況の厳しさの一端を改めて感じさせられました。その事は、ステージ袖における出演者等の入退場に係わる、ホールスタッフのどことなく張り詰めた言動や、ちょっとしたふるまいにも感じられて、非常事態宣言下におけるコンサートの臨場感を、よりひしひしと感じさせられました。
 今年、初めての試みとして、10人の作曲家によるヴァイオリンの小品が、第2部として加わったことは、会場での反応を見る限り、コンサートとしての興味を盛り上げていて、極めて好感を持って迎えられたのではないかと思います。それは、ヴァイオリンと云う楽器が、ピアノに次いでこどもたちに多く学習されていると云う事もありますが、やはり何よりも10人の作曲家が、36回も続けられて来たこのコンサートの有り様を踏まえた、こどもたちへのそれぞれのユニークな発想による作品の良さにあった事は、云うまでもありません。ただ、作曲家が、共演者としてステージの上に登場する場面がもっとあったら良かったと、一抹の思いを持ってしまった事も事実です。
 作曲家が、ステージの上で自らの作品を演奏すると云う、極めて真摯な姿勢を示す事は、例えば、あの作曲家がこうゆう曲を書くんだとか、この曲はあの人が書いたんだとか、そんな会話が会場において、どこからともなく聞こえて来て、そこはかとない親近感を醸し出している雰囲気こそが、36回も続いて来たこのコンサートの良さであると信じます。その良さは、取りも直さず、作曲家協議会が橋渡しする事で、作曲家と出版社と音楽を愛する人々、あるいは演奏する人々を繋げ、作品を音楽文化の財産として世に送り出して行く事にあるのでしょう。今回の第36回のコンサートが、今までに培って来たその良さを、決して失っていない事に気付かされ、安堵と共に喜びをも感じました。しかし、その安堵と喜びは単なる短絡的なそれで無い事は言うまでもありません。コロナ禍の中での開催故に、極めて制約があるにもかかわらず参加された、作曲家の皆さんは勿論のこと、桐朋の音楽教室の生徒さん又は先生方、あるいは代理演奏された生徒の皆さん、そして事務局のスタッフの気配りと工夫や努力に支えられた安堵や喜びであった事を痛感させられた、今回のこのコンサートへの参加であった様に思われました。
 50%弱の配券による人数制限、視界の浅岡さんによる作曲家へのインタビューの中止、終了後のカーテンコールの中止等等さまざまなマイナスイメージがある中で、ピアノの代理演奏をしてくれた皆さんの素直な音色、そしてヴァイオリンを演奏してくれた皆さんの、小振りな楽器にもかかわらず豊かな響きで楽しませてくれたことへの思いが、春の陽光と相俟って、紀尾井町の坂道を下る私の足取りを、心地良いものにしてくれました。

                                  
               
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